急須で入れたようななにか

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更級日記を読破してみて

2022年1月28日

10 分くらいで読めます!

アブストラクト

※ド理系です。古典に関する教養は高校古典程度しかありませんのでご了承ください

更級日記、高校古典などで触れたこと無いでしょうか

「まめまめしきものは、まさなかりなむ」

とかやりませんでした……?

超訳すると「本に憧れた幼少期、宮仕え、夫の死、仏教へ」みたいな作者の人生を描いたお話です。

そんな更級日記を読んでの感想になります。

学術的な文章やレポートではありません。あくまで趣味ですのでご了承を。

また、更級日記のネタバレを含みますのでこの点もお見知りおきを。

読んだきっかけ

藤原定家筆の御物本更級日記を「日本の古典」という教養授業で扱いました。
変態仮名(崩し字)を読む授業です。
試験も御物本更級日記から出すとのことで内容知っておけば優位に立てるのでは?と思い全訳付きの更級日記を読むことにしました。
とはいえ単純に興味のほうが大きいです。

藤原定家御物本更級日記をベースに訳された関根先生著、講談社学術文庫の「新版 更級日記 全訳注」で拝読しました。

https://www.amazon.co.jp/dp/4062923327/ref=cm_sw_r_tw_dp_5WJ3YM04KRF4NSP118DX

1000年の時を経て

更級日記のスタートは寛仁4年9月3日、つまり1020年です。
1000年後の2020年9月は13日から私の住む栃木県でも緊急事態宣言が発令されている時期ですね。

面白いと言うと不謹慎ですが、約1000年前の1021年(治安元年)に都では疫病が流行しています。昔も今も変わんないなって思っちゃいます……

作者菅原孝標女は寛弘5年(1008年)生まれです。1000年違えば私と6,7歳差な訳ですよ。
なので自ずと親近感もわきます。

読んで思ったこと

全部については述べません。思った箇所だけです。

上総からの帰京

作者が子どもながら風情を感じつつ帰京する場面です。

特筆すべきは道中聞いた話が入ってくることではないでしょうか。
天皇の娘を衛士が武蔵の国に連れて行く話、個人的には好きです。
なんだか身分を超えての展開って、夢がありますね。

継母との別れ

継母が別れの時に「これが花の咲かむ折は来むよ」といって来なかったやつですね。

頼めしを なほや待つべき 霜枯れし 梅をも春は 忘れざりけり

菅原孝標女

なほ頼め 梅の立ち枝は 契り置かぬ 思ひのほかの 人も訪ふなり

継母

の場面です。

子どもである作者の悲しさがしみじみと感じられました。

乳母・侍従大納言女の死

継母との別れの次にこの場面になります。継母と別れた後は乳母の死です。作者に不幸が続きます。

これが先に述べた1021年の疫病流行です。

侍従大納言女は作者と直接の関わりは無いもののこの方の御筆蹟を貰っていたみたいです。
間接的な関わりだったとしても死とは辛いものです。

物語にふける

不幸の連続から、やっと幸せな場面に移ります。

この場面は高校時代に古典で触れた方も居るのではないでしょうか。

おばから

「何をか奉らむ。まめまめしきものは、まさなかりなむ。ゆかしくし給ふなるものをたてまつらむ。」

と言われ源氏物語の五十余巻、その他諸々の物語類を貰える場面です。

「はしるはしるわづかに見つつ……」と胸をワクワクさせながら読む作者に顔がほころびます。

この場面、記事執筆時点でちょうど1000年前の1022年のお話なんです!

あなかま、人に聞かすな。いとをかしげなる猫なり。飼はむ

菅原孝標女 姉

なんて言って急に来た猫を作者と姉で隠しながら飼うことになった場面です。
日常系アニメの3,4話あたりでありそう……笑
なんて思っちゃいますが、夢で侍従の大納言の姫君の化身だったことが分かったり心霊的な展開に。

火の事

作者の家が火事になります。先程の猫も亡くなります。更級日記、辛いこと多めです。
でも意外とあっさり書いてあります。え!?って感じですよね。大事件なのに…

帰京の道中聞いた話を長々と書かれている反面、このような出来事はあっさりしていて、更級日記がただただ連ねた日記でなく要点を絞ってることを感じました。

姉の死

火事の後は姉の死です。またしても不幸が続くんです。
姉と仲良い場面を見せておいてのこの展開は辛いものがあります。姉さんも作者と同じ趣向を持つ文学好き少女だったみたいです。作者は相当な辛さがあったのだと想像されます。

司召

なんと、まだ不幸は続きます。父の任官が期待はずれになったんです……

訳本に書かれてたことですが枕草子の「すさまじきもの」に「除目に司得ぬ人の家」とあるみたいで、当時これは相当辛い出来事だったみたいです……

火事になるし、姉は亡くなるし、父の任官は期待はずれだし、あらゆる方面で不幸が訪れます。

そしてまたしても作者はこのことについてもあっさり書いています。

父の出立

その後、父の任官が決まります。常陸国なんですね。遠い場所で父も高齢ともあって、この任官での旅立ちが作者と会える最後かもっていうのが重要な背景みたいです。全訳注の本助かります……

そんな最後かもしれないお別れですが、ねちねちしないで、すっとお別れするところに風情を感じます。
父も作者も教養人だなって思っちゃいますね……
なんだかジブリ映画の「風立ちぬ」が思い起こされます。

宮仕え(個人的に好きな場面)

個人的には一番好きな場面です!
作者は宮仕えの後、両親の意向もあり一度宮仕えを辞めていますが、その後も何度か宮仕えしています。ここではこれら全体を含めて述べますね。

作者の期待とは違い、辛い宮仕えだったみたいです。
でも同じく宮仕えする女友達と夜お話して楽しめたみたいです。
そんな展開には顔がほころびます。(百合展開じゃないですよ)
部屋の扉を空けて2つの部屋を1つにして夜お話するシーンなんて、修学旅行かよ!って思っちゃいました笑

もう1点特筆すべきなのは、教養ある男性との掛け合いです。
夜作者と宮仕えしている女友達の2人でお経を聞きながらお話していたときに不意に男性が現れます。
女友達の方が最初は対応するのですが、その様子を見て作者は「おとなしく静やけなるけはひにて物など言ふ」と男性に対して良い印象を感じます。

夜にこっそり局に行く男性って感じでしたので、出会い目的?……なんて思っちゃいますが作者いわく「世のつねのうちつけのけそうびてなども言わず」と世間にありがちな、恋愛的な話に持っていかなかったとのことで、紳士を感じます。

さらにこの男性、雨が降ったり止んだりの微妙な夜ですら「なかなかにえんにをかしき夜かな」と風情を見出します。
かっこいい、かっこよすぎる……

その後も季節の話など風情あるやり取りをして終わります。

どの季節が好きかって話で作者は

あさ緑 花もひとつに 霞みつつ おぼろに見ゆる 春の夜の月

と答えます。(この歌は新古今和歌集にも載ってるみたいです)
それに対して男性はこの歌を何度も吟詠して

こよひより 後の命のもしあらば さは春の夜を かたみと思はむ

と返します。
これ匂わせというか……告ってません……?笑

この後作者の女友達の歌や男性のお話が続いて終わります。

翌年、またその男性が参上していることを聞き、女性2人はゐざり出ます。
しかし騒がしい様子を見て引き戻ります。
男性も騒がしいのは好まないみたいで退出して、出会うことはありませんでいた。
なんとこれで紳士な男性との一件は終わりです………悲しい……
この紳士な男性のスピンオフ作品とかないんですか……??

男性側は作者に気持ちを寄せていたのかな、なんて考えると、片思いしつつ相手を配慮する気持ちに胸が痛みます。男性側は気持ちを寄せつつも、あくまで女性2人と対等に接します。このラブコメにあるようなくっつかないけど想ってるの儚いのですが、素敵ですよね……

男性側は局の女性2人を詮索したりしなかったと書いてあります。最後まで紳士なんですね……憧れます。この当時作者が既婚だったことを配慮してのことかも知れません。

教養溢れつつ和気あいあいとしてる様は見ていて顔がほころびました。

全訳注によると、どうやらこの男性は源資通とのことです。

結婚

めちゃくちゃあっさり描かれててびっくりします。ただ一言結婚したと、で急に子どもの存在が出てきたり、これまで夢の話とか伝聞をたくさん書いてあるのに対し、結婚・出産に関してはすっ飛ばしているのが面白いところです。

初瀬

田舎者でも来るような大嘗会の後禊というビックイベントが京で行われる日に、作者はそれを見ず初瀬に向かいます。
すれ違う人に卑下される中、「物見てなににかはせむ」と作者の行為に理解する人も現れます。
自分もそっち派だーって思っちゃいました。

現代で言うところの「逆引き」みたいな感じがしますね。
わたしもちょっとそういった傾向あるので共感しちゃいまいた。
なんかクリスマスや新年の初詣で人がごった返すの好きじゃないんですよね……まさに「物見てなににかはせむ」です。

急にアニメの話になりますが、この場面を見て「空よりも遠い場所」で南極に出発するシーンが思い出されました。高校生が通学する中、反対方向に向かうシーンが重なります。
普通と違うことをしている描画の仕方、なんかいいですね。(語彙力がない……)

夫の死

結婚では全然触れていなかった夫の死に対して作者はすごく悲しみます。結婚のあっさり感でそんなに夫のこと想っていないかと感じてましたが、そうでも無かったんですね。

作者辛いこと多すぎませんか?って思っちゃいます。

最後

物語と現実は違うよねって展開から、辛い現実が続き仏にすがります。
夢オチ展開が多く、少々難解です。

最後は老後一人寂しい場面が描かれて終わります。

世の常の 宿の蓬を思ひやれ そむきはてたる 庭の草むら

読み始めた時の子ども心や物語愛を見た上で、この老後の終わり方に現実の辛さを感じます……
儚いです……

全体

1000年前でも人間って人間だなと思いました。
もちろん様々なことに風情を感じるという点でも現代と違いますし、そもそも色々違う所だらけなのですが……

更級日記は作者の気持ちがダイレクトに反映されているように感じます。

宮仕え辛いとか、幼少期仏教にあまり興味示さないところとか……(宮仕え辛いはどうやら紫式部もみたいですが)

あと、全体通して暗い話が多めでした。それが逆に明るい話を際立たせていたりもしますが……
人生と現実の大変さを痛感させられました。

編集後記

全訳注の内容が大変充実しており助かりました。
ここが音便してるみたいな細かいことまで書いてあるんですよ……

また藤原定家の写本の最後に
これ写本の写本で原本も無いから、字の誤りたくさんあるよ。微妙なところは朱つけといたよ」(超訳)
と漢文で書かれているのを知って感動しました。字の読みやすさも含め藤原定家リスペクトです。現代日本を支える偉人です。

これはWikipedia情報ですが、更級日記は順番が間違って綴じられた歴史があり、ちゃんとした形で読めるようになったのは大正以後になってからとのことです。藤原定家の写本くらいしか現存していない(異本がない)のも珍しいみたいですね。

話は変わりますが、スワデシュの「基礎語彙の共有率」によると1000年で約20%の基礎語彙が失われるとのことです。いづれ更級日記を読むことはできなくなっちゃうんだな、なんて思うと2022年に更級日記に触れることができて良かったと感じています。